「熊野三大大社を巡る旅」
  中辺路(2)速玉大社〜那智大社〜熊野本宮

2004年10月29日〜31日
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大雲取り越え:円座石大雲取り越え:円座石
 雨模様の天候の中を、熊野古道・中辺路(大雲取、小雲取)へ、前回台風の中、本宮大社から那智、速玉へ行く予定であったが途中で断念した続きだ。当初は、田辺からバスで熊野本宮へ入り、熊野本宮から那智、速玉大社へ歩くことを考えたが、那智、新宮で2泊しないと無理は判明。前泊で田辺に移動し、始発電車で新宮で入り、逆コースで速玉、那智から熊野本宮を目指すことに。このコースなら那智で一泊するだけでOKだ。ただし、4時半までに到着しなければ、バスが無くなる。
10月29日(金)〜30日(土) 自宅〜王寺・天王寺〜紀伊田辺駅〜新宮駅
 夜21時35分のバスで自宅を出発。王寺22時05分JR乗車。時間を間違え天王寺駅で30分ほど時間調整の後、天王寺発23時07分最終紀伊田辺行きに乗車。翌01時41分田辺駅着。駅員さんに待合室で夜を明かす事の承諾を得る。防犯対策上、正面玄関はシャッターを下ろし、電気も消すが、ホームやトイレへの自由に出入りOKとの事。自動販売機の薄明かりを頼りにベンチで寝袋に入って仮眠。
 4時半過ぎ起床。駅の朝は早い。いろいろな人の出入りが有り見ているだけでも中々楽しい。6時27分発新宮行きに乗車。雨がぱらぱらと降っている。白浜を過ぎ、周参見、古座、紀伊勝浦等駅名を知っているだけの未知に地へ向かう。起伏にとんだ海岸線を各駅に停まりながら進んでいく。名前すら知らない無人駅がたくさんある。学生とお年寄りが乗り降りを繰り返している。吉村昭著「朱の丸御用船」(文芸春秋)の舞台はこの辺りかなと思いを巡らしつつ昨夜自宅を出る前につくって貰っていたおにぎりを食べる。ワンマン電車は、新宮に近づいていく。9時20分定刻に新宮駅到着。
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10月30日(土) 新宮駅〜速玉神社〜那智大社
 外は雨足が強くなってきている。待合室で雨対策をして、9時30分新宮駅前を出発。三大大社を巡る旅が始まった。JR発行の地図を見ながら右へ左へ。雨の中道行く人も殆どいない、尋ねる人もおらず、この地図だけを頼りに進んでいく。どうにか神倉神社の入り口へ到着。参詣道の修復に「土」運びにご協力くださいとあったが雨の中でもあり許してもらう。その代わりに多めに賽銭を入れておいた(笑)。急で段差のある石段(500段余り)、汗をかきつつ境内へ。大きな一枚岩をくり貫いた「手水鉢」で清めをし、旅の無事を祈念。晴れていたら熊野灘が一望できるのに、残念!雨にぬれた石段の下りは一苦労。10人くらいの高齢の方が登ってくるのに出会った。下りは大変だろうなと思いつつ、速玉神社へ足を進める。雨の中では有ったが、速玉大社には観光バスや参詣者が思いのほか多くいた。この後の無事を祈念「速玉烏のお守り」を購入し先へ急ぐ。阿須賀、浜王子神社を過ぎ、王子浜へ。風雨が強く大きな波が打ち寄せている。砂浜には足跡がたくさん残っているが、さすがに浜には人っ子一人見当たらない。高野坂入り口目指しひたすら砂浜を歩く。入り口手前で、石に絡まったロープを取り込んでいる老人に出会う。『何処まで行くの』『那智まで』『へー、大変やな、ご苦労さん』と言葉を交わし、「高野坂」へ入る。ようやく古道らしさを取り戻す。JR三輪崎駅付近から風が強くなり、傘がきのこ状態になる。あるく速さも鈍ってくるほどの強風だ。国道沿いの道には、途中歩道も無い個所が多く、雨の中傘をさして歩くのは大変だった。宇久井駅手前でコンビニを見つけ、壊れた傘に変わるビニール傘とおにぎり、お茶を買い求める。国道沿いに残っている古道に入ったり出たりを繰り返しながら那智駅に到着。途中の海岸では波乗りの人に出会った。この雨の中を歩く自分もなかなか無謀と思うが、彼らは私以上に無謀(五十歩百歩か!)
 浜ノ宮王子をすぎたあたりからようやく雨風とも少し弱まってくる。那智大社へ向かう観光バスや自家用車にたくさん出会い始める。途中、国道から外れ地元の村の中や、古道を歩き、大門坂に到着。ここまで来ると多くの観光客に出会う。が、『こんにちは』といっても『‥‥』あまり返事は帰ってこない。ちとさみし。樹齢800年余りの夫婦杉をはじめ高齢の大木が多い。那智の滝那智大社入り口に15時55分到着。400数十段の石段を登り那智大社へ16時9分着。無事の到着を報告。ここでも「那智の烏」のお守りを購入。これで、三大大社が揃った(^^)。階段を下りて、西国一番札所の青岸願寺へ。寺の裏に回ると、生前父がよく『日本一の滝だ』といっていた那智の滝を望む。雨で煙ってはいるがなかなかの眺めだ。小雨の中しばらく静観。デジカメにその雄姿を収め、ここでの宿「美滝山荘」へ。16時30分到着。予定より2時間ほど早く着いた。上から下まで全身びしょ濡れ、宿に迷惑をかける。新聞紙を貰って靴に中へ(これからは持参しなければ)。部屋に入って濡れたものを部屋中にぶら下げる。一番風呂に入れてもらい一日の疲れを流す。部屋に戻って缶ビール。あ〜気持ちよい、これも歩く楽しみの一つだ。美味しい夕食を食べ、夜9時前に宿の精算と翌日の弁当2食分(朝と昼)を受け取った後すぐ横になる。(TVも電気もつけたままで寝てしまった)
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10月31日(日) 那智大社〜大雲取〜小雲取〜本宮大社
 5時前起床。雨は上がっているようだ。洗面、着替えを済ませ、レインウエア上下を着て5時半過ぎ出発。「東京ハイキングクラブ(東ハイ)」の会長さんが散歩をされていた。今日は7時半出発で小口泊との事。夜明け前の薄暗い中、那智の滝の音に見送られてスタート。堂の坂昨日も来た「西国一番札所の青岸願寺」横から古道へ入る。懐中電気で足元を照らしながら那智高原へ。那智高原で、夜が明ける。着ていたレインウエア(上)を脱ぎ、大雲取越を黙々と進む。九時、越前峠の手前で朝食を兼ねたおにぎり弁当を取り出し歩きながら食す。越前峠を下り始めてすぐ、小口を6時半にスタートした三人組に、その後10分くらいして女性三人組に出会う。胴切坂で小口7時発の男性二人組みに出会う(古道で出会う人は皆挨拶を交わす。昨日の観光客とは大違いだ)。熊野古道紹介の雑誌などでよく眼にする、“円座石”(わろうだいし、円座:円形の座布団)に到着。小口からの三人組が写真を撮っていた。ここで引き返すとの事。10時40分、小口に到着。日用品店が開いていた。清涼飲料水を求め、喉を潤す。小和瀬まで国道を進む。後で知った事だが(どこにも、案内の表示がなかったように思う)、本当のコースはトンネルの上を進む様だ。
 小和瀬にはきれいなトイレが有った。着替えと、小雲取越えに備えて休憩。石畳の堂ノ坂を進み。堂ノ坂入り口には杖が数本置いてあった。椎ノ木茶屋、桜茶屋と昔の茶屋跡を過ぎ、石堂茶屋跡に到着。すぐ傍の休憩所で「昼食」(弁当)と湧き水で給水をして出発。少し先の林道分岐付近で本宮方面からの若人4人組とすれ違う。少し先の「百間ぐら」からは、果無や大塔の山々が見渡せる。
 松畑茶屋跡まで来ると、小雲取越えも終わりが近づく。堂の坂眼下には、熊野川が望め、果無峠や熊野本宮が目の前に迫ってくる。本宮まであと少しだ。請川に14時41分到着。国道を進み、初めて大斎ヶ原へ入った。神聖な地の雰囲気が味わいつつ、日本最大の鳥居を通りぬけ、15時23分5月の小辺路から数えて4回目の熊野本宮大社に到着した。歩いた時間16時43分、91,061歩2日間の、速玉・那智・熊野大社めぐりの旅が終わった。到着後しばらくして雨が降り始めた。熊野本宮大社界隈は、観光客で賑わっていた。
 スーパー「樹の里」で缶ビールを買い求め自分に乾杯!16時30分定刻に田辺行きのバスに、古道を歩いてきた人達六人とともに乗車。内4人は近露から歩いたとのこと。
さあ,次は何時何処へいこうか!
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日付歩き始め到着所要時間距離歩数
10/309時30分16時30分7時間00分23.6km42.993歩
10/315時40分15時23分9時間43分32.6km50,121歩
合計16時間43分56.2km91,061歩

◇参考資料
・「熊野古道を歩く MAP&GUIDE」JR西日本発行
 ・・7コース:神倉神社・熊野速玉大社〜阿須賀王子
 ・・6コース:補陀洛山寺〜熊野那智大社
・「熊野古道を歩く」山と渓谷社発行

◇写真集
1030-01-那智の滝_11030-01-那智の滝1031_01-石倉峠1031_02-胴切坂
堂の坂
1031_03-円座石1031_04-堂の坂1031_05-百間ぐら(果無、大塔の山々)
1031_07-松畑茶屋すぎ(熊野川を望む)1031_09-大斎原(日本一の鳥居)

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